【短編小説】消えた男
石油事業の関連会社に勤める月島は、勤続9年目のいわば中間管理職ポジションで働くごく普通の男だ。仕事ができない上司に代わり、いつの間にか営業チームのマネジメントまで彼の担当業務となっていたが、評価基準やKPIをきちんと決めさえすれば彼にとって難しいことではなかった。上司の扱いも慣れたものだった。世間話にはいっさい付き合わず、必要な時にだけ気持ち明るめに依頼をすれば大体の案件はスムーズにことが運ぶ、割と単純な上司だったからだ。
月島に付き合っているパートナーがいる、結婚しているなどの類の話は噂でも聞かない。恐らくずっと一人で生きているのだと思われる。顔も悪くないし、清潔感もあり、安定した会社に勤めて十分な給料も稼いでいるのになぜと思うが、それは彼自身が放つ人を寄せ付けない空気が一つ理由として挙げられるだろう。冷たいわけではない。愛想がないわけではない。業務に支障をきたすほどの問題ではない。だが、どこか他人と一線を引いているのがありありと分かるのだ。皆、仕事に関する話はできても、プライベートな部分を聞くのはなぜか憚られた。
そんな月島が珍しく欠勤した。理由は「私用のため」とだけホワイトボードに書かれていた。同僚たちはそんなこともあるのかと驚きはしたが、すぐに忘れ、日常の業務に戻っていった。